公益セクターの会計基準をめぐる情報


第1回 公益法人会計基準の本質


1.複式簿記の本質

(1)簿記はおもしろくない
簿記はおもしろくない

私は、文学部の出身です。大学生活の終わり、できれば何者にもなりたくないという思いが強く、ほとんど親に対する言い訳として、資格を取る勉強をすると言い出したのです。公認会計士という資格があるということも、会計監査という制度があることもそれまでほとんど知りませんでした。結果が出るまでの時間をなるべく長く取るためには、世間で難しいと言われる資格のほうが都合がよかったのです。


いまさら医学部受験という気もせず、法学的発想は自分にはまったく合わないことは判っていたので、残るのは公認会計士ということになりました。こんないいかげんな気持ちではじめた受験生活も最後の1年半は、何人かの人たちからの教えと刺激によって、本当に集中して勉強することができ、そのために結果が出せたのだと思います。ただし、知らない世界に迷い込んでしまったという気持ちは、今でもあります。


ところで、試験科目として一番基礎となる簿記、これが全くおもしろくないのです。「借方が左で、貸方が右」なんだこれは?「仕訳帳で相手科目が複数のときは諸口と記入しなさい」なんのこっちゃ?という具合です。


仕訳のルール

という表を見ても蜘蛛の巣にしか見えません。手形そのものも、その役割も知らないのですから、手形を受け取ったときは受取手形として左側に、支払ったときは支払手形として右側に記入しなさいといわれても、混乱するばかりです。


学生時代、材木屋でアルバイトした時、普段は優しくておとなしい事務の女性が、ある日突然鬼のような表情で電話に向かって怒鳴り出したことがありました。「不渡りを出したんですよ、不渡りを。わかってるんでしょうねあんた。」手形を不渡りにすることは大変なことなんだなあ、というおぼろげな記憶は残っていても、不渡りとはなにかがわからないのですからどうしようもないのです。


仕訳を考えるときは、わかりやすい科目から「たとえば現金や預金が借方なのか、貸方なのかを決めてから、相手科目はその反対側だと考えていくと、わかりやすく間違えない」といったやり方で少しずつ問題は解けるようになっていきましたが、やはり面白くないことには変わりがありませんでした。


簿記には自由がない

実務としての簿記も単調なものです。1行の3分の2を使って、少し斜めに数字を記入していく、文字は1行の半分の大きさが理想とされます。今ではルーズリーフ式の元帳が当たり前ですが、20年くらい前には、差し替えができるような帳簿は認められず、毎年度初めに総勘定元帳を新しく作るとき、どの科目に何ページ割り当てるかを決めることも、会計事務所の職員の技術でした。


仕訳を伝票に記入し、同じ物を元帳の科目毎に転記し、さらに補助簿の相手先毎に転記していく。摘要を含めて同じことを何回も記載しなくてはなりません。数字を書き間違えたり、書き漏らしたりすると試算表が合わなくなります。元帳の集計ミスをしても同じことが起こります。月次の締め切りをして試算表が合わない時、その原因を探すのも一苦労です。試算表の貸借の差額が9で割り切れる時は桁違いが原因であるとか、差額が1円の位まであると、費用関係の転記か集計が怪しいとか、勘に頼って原因を探していきます。


その勘がどれだけ当たって、どれだけ早く試算表の貸借を一致させることができるかが、会計事務所の事務員の腕の見せ所になります。簿記における一連の手続きは、すべて決められており、どれ1つとして省くことができません。自由がないのです。




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